途上国への適切な支援って~スーダンで暮らスーダン

 

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僕は環境教育という職種でスーダンに派遣されています。
特に僕の場合はゴミにフォーカスした活動になっているんだけど、
活動がようやく軌道に乗り始めた今日この頃、

順調に活動が進むにつれて適切な支援って何だろうと考えてしまいます。

 


きれい事を言えば自立を促す事なのかもしれないけど、
じゃあそのスタート地点にすら立ててない人はどうすればいいのかとか。
その人たちには必要な支援ってやっぱりお金なのかなとか…
とこんな感じでまだ頭でも整理できていないまま記事を書いています。

 


自分の活動がなぜ今軌道に乗り始めたかというと、
やる気と自主性のある配属先の人たちと出会い、
その人たちが実現したい事に多少僕が知識を持っていたので
今順調に進んでいるのだろう。

 

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今日の住民意見交換会にもこんなにもたくさんの人が来てくれた。

 

 

 

 


例えば配属先がゴミ収集車よこせしか言わない人たちだったら、
今のような活動は全くできていないと思う。

 


事実、僕は諸事情で配属先が何回か変わっているのだけど、
以前の配属先は自主性もなくただ物をくれしか言わなかった。
そこでは計画とか話し合うこともできなかったので
全く活動がうまくいかなかった。

 やっぱりある程度やる気を出してもらわないと、

その国にとってもいい活動はできないんじゃないかと思う。


日本はお金や物をくれる。
だが日本頼みでは持続的な活動はできないのだ。

 

 


じゃあ今の配属先よりももっと下の、
街で物乞いをしている人たちは救えないのかな。
彼らはスタート地点にすら立っておらず
現在は物乞いすることで生きている人たちもいると思う。
そんな人たちはどうやって救えばいいのだろう?

 


もちろん僕たちが養うわけにもいかない。
稼ぎ方を教えればいいのかもしれないけど、
長い事物乞いをやって、悪い言い方すると何かを作って商売をする気のない人は
この活動を継続することはできるだろうか?

 

 

 

 

本人次第というある種ありきたりな答えになるのかもしれないけど、

これってすべての人は救えないという事なのかな…

 

 

 

 

 


まだ答えは見つかってないけど、
あと1年弱しっかりこのことは考えたいと思います。